二人以上世帯では、年収750万〜1,000万円の層でも金融資産非保有世帯が17.8%ある。
一方で、地方の共働き世帯が、安定収入と長期の積立投資、規律ある支出管理を続けることで、50代から60代に富裕層へ到達するケースもある。

この2つの事実は、同じ日本の中で同時に起きている。資産の多寡は収入だけでは決まらない。高年収でも金融資産をほとんど持たない世帯がある一方で、突出した年収ではなくても長期の積立と支出管理で大きな資産を築く世帯もある。では、その差はどこから生まれるのか。

1996年、トマス・スタンレーは『The Millionaire Next Door(隣の億万長者)』で、米国のミリオネアの大半が派手な消費とは無縁の「普通の隣人」であることを暴いた。あれから30年──2025年のデータは、この命題をどう更新しているのか。

本稿では、日本の野村総合研究所(NRI)、米国の連邦準備制度理事会(FRB SCF)、Vanguard、金融広報中央委員会の最新データを突き合わせ、資産上位層の行動特性を定量的に検証する。

Executive Summary

資産形成には収入水準が重要である一方、支出管理、積立の自動化、短期志向を抑える行動特性なども、資産残高と関連する重要な要素として観察される。NRI 2023、FRB SCF 2022、Vanguard 2025などのデータは、収入以外の行動要因や制度利用が資産形成と関連していることを示している。ただし、これらの多くは観察データであり、相続や職業、家族構成などの影響を完全に切り分けた因果推定ではない。

※本稿のデータは因果関係ではなく相関関係を示すものが多い。「資産上位層がやっているから正しい」ではなく、「資産残高と統計的に関連する行動パターン」として読んでいただきたい。

165.3万
日本の富裕層+超富裕層
世帯数(NRI 2023)
17.8%
年収750-1000万円世帯の
金融資産非保有率※2
17.4兆円
新NISA年間買付額(2024年)
うち成長投資枠は前年の約3.5倍※7

CONTENTS

  1. 日本の富裕層マップ── 5つの階層と「いつの間にか富裕層」
  2. 「高年収なら安心」とは限らない── 金融資産非保有の実態
  3. 米国SCFが暴く「資産の質」── ポートフォリオと負債の構造差
  4. 自動化の魔法と罠── NISA・401(k)・iDeCoのデータが語ること
  5. 資産上位層の時間設計── 学習・運動・睡眠の配分
  6. 結論── 資産形成は「収入だけ」の問題ではない

第1章: 日本の富裕層マップ── 5つの階層と「いつの間にか富裕層」

まず、「富裕層」とは実際に何人いるのかを把握する。野村総合研究所(NRI)が2025年2月に公表した推計※1は、日本の資産階層構造を5段階に分類している。

階層 純金融資産 世帯数 資産総額
超富裕層 5億円以上 11.8万 135兆円
富裕層 1億〜5億円 153.5万 334兆円
準富裕層 5,000万〜1億円 403.9万 333兆円
アッパーマス層 3,000万〜5,000万円 576.5万 282兆円
マス層 3,000万円未満 4,424.7万 711兆円

富裕層・超富裕層の合計165.3万世帯は全世帯の約3%にすぎないが、個人金融資産の約26%を占有している※1。2021年の148.5万世帯から2年で11.3%増加し、資産総額は364兆円から469兆円へ28.8%拡大した。

「いつの間にか富裕層」の出現

NRIは2025年の分析で、注目すべき新しい属性を報告している──「いつの間にか富裕層」※1

NRIは、共働きによる安定収入、長期の積立投資、規律ある支出管理、地域差のある生活コストなどが重なることで、起業家や超高所得者でなくても富裕層に到達するケースがあると指摘している。年収1,000万円前後の共働き世帯が50代から60代にかけて1億円の壁を突破するイメージは示されるが、これは典型例の説明であり、同じ条件なら誰でも同じ結果になることを意味するものではない。

彼らに共通するのは、安定した収入に加えて、長期の積立投資と規律ある支出管理を20年以上継続したことだ。


第2章:「高年収なら安心」とは限らない── 金融資産非保有の実態

「年収が高いほど資産を築きやすい」傾向自体はある。しかし統計が示しているのは、高年収でも資産形成に失敗する世帯が一定数存在するという事実だ。

金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(2023年)」※2によれば、二人以上世帯において年収750万〜1,000万円の層の17.8%が金融資産非保有だ。

世帯年収 金融資産非保有率(二人以上世帯)
300万円未満 30%以上
750万〜1,000万円 17.8%

※単身世帯や年代別の非保有率はさらに高い傾向がある(20代単身で約45%など)。詳細は出典※2を参照。

なぜ高年収でも資産が残らないのか。前コラム「行動経済学と支出の罠」で扱ったライフスタイル・クリープがここでも作動している。収入の増加が「生活水準の上昇」として即座に吸収され、貯蓄に回る余力が消える構造だ。

Vanguardの関連分析※4では、十分な緊急資金を持つ参加者ほど、401(k)からの借入やhardship withdrawalが少なく、離職後のcash-outも起こしにくい傾向が示されている。別の分析では、時給労働者は給与労働者よりcash-outしやすく、その差は10〜15ポイント程度だった。つまり「バッファの不在」と「雇用形態」が、長期投資の複利を途中で断ち切るリスク要因として浮かび上がる。

時間割引率── 資産残高を予測する「見えない変数」

なぜ高所得者が資産形成に失敗するのか。前コラム「時間割引率の経済学」で扱ったNabeshimaら(Risks, 2025)の研究※3は、この問いに科学的な答えを出している。

双曲割引(目の前の小さな報酬を不合理に優先する傾向)が強い人ほど、投資における損失許容度が有意に低い(マージナル・エフェクト −0.070)。端的に言えば、現在バイアスが強い人ほど、含み損を抱えた局面で投資を保有し続けることに心理的な弱さを示しやすい可能性がある。もっとも、この研究が直接測っているのは実際の売却行動ではなく、損失許容度との関連である。複利の果実は、最後まで握り続けた人だけに届く。


第3章: 米国SCFが暴く「資産の質」── ポートフォリオと負債の構造差

FRBの「Survey of Consumer Finances 2022」※5は、米国家計の資産・負債行動を最も詳細に追跡する調査だ。このデータが暴くのは、資産階層ごとに「持っている資産の種類」がまったく異なるという事実だ。

資産階級 主な保有資産 成長ドライバー
中間層(50-75%) 自宅、車両、預貯金 不動産価格の上昇
準上位層(75-99%) 公開株式、投資信託、退職口座 金融市場の成長
最上位層(トップ1%) 非上場企業の権益、直接保有株式 事業収益と資本利得

SCFベースの一般的な推計では、上位1%に入るための純資産閾値は約1,164万ドル(約17億円超)とされる※5。全世帯の純資産中央値は約19.3万ドルであり、上位層との間には約60倍の開きがある。この格差の核心は、中間層の資産が「自宅の評価額」に集中しているのに対し、上位層は「所有する資本の種類」が根本的に異なる点にある。

負債の使い方が違う

家計統計からは、資産上位層の負債構造にも特徴が見える※6。上位層では住宅ローンの比率が高く、下位層では高金利の消費者信用の比率が相対的に高い傾向がある。

結果として、上位層は金利を「受け取る」側の資産を多く持ち、下位層は金利を「支払う」側の負債がかさむ傾向がある。この非対称な資金構造が、長期的な資産残高の乖離と関連している。


第4章: 自動化の魔法と罠── NISA・401(k)・iDeCoのデータが語ること

認知バイアスの限界を理解している資産上位層は、自らの判断を介在させない「自動化」を資産形成の核に据えている。

401(k)の自動加入── 参加率94%の魔法

Vanguardの最新データ(2025年)※4によれば、自動加入を採用している401(k)プランの参加率は94%に達する。任意加入の場合と比較して劇的に高い。

しかし、2024年に発表されたChoiらの研究※8は自動化の「落とし穴」を指摘している──

自動加入のアンカリング効果
デフォルト拠出率(例:3%)が低く設定されていると、多くの従業員はその水準に「アンカー」され、本来可能な10%以上への変更を行わない。離職時の引き出し(Leakage)を考慮すると、自動加入が生涯資産を押し上げる純粋な効果は所得の0.5〜0.7%程度に留まる可能性がある※8

資産上位層はこの「デフォルトの罠」を回避し、自ら高い拠出率を設定するか、自動エスカレーション(昇給に合わせて積立額を自動で増やす機能)を意図的に選択している。2024年には全参加者の45%が拠出率を上昇させた※4

新NISAの衝撃── 5.2兆円から17.4兆円へ

日本では2024年の新NISA導入が、個人投資家の行動に地殻変動をもたらした※7

2,647万
NISA口座数
(2025年3月末)
3.5倍
成長投資枠の
年間買付額増加率
1,800万円
新NISAの
生涯非課税枠

成長投資枠の年間買付額は3.5兆円から12.4兆円へ急増。これは高資産層が手元の待機資金を非課税口座へ急速にシフトさせている実態を反映している。

さらにiDeCoの制度改正も進行中だ。2025年度税制改正大綱では、拠出限度額の引き上げ(被保険者種別によって月額2.0万〜2.3万円等、条件により異なる)や加入可能年齢の拡大が議論されている※9。制度の詳細区分は複雑だが、方向としては非課税運用枠の拡充であり、活用できるかどうかの差は長期で大きくなりうる。前コラム「金融リテラシーのROI」で扱った通り、これらの制度を知っているか知らないかの差は無視できない。


第5章: 資産上位層の時間設計── 学習・運動・睡眠の配分

資産形成は「お金」の管理であると同時に、「時間」の管理でもある。米国労働統計局(BLS)のAmerican Time Use Survey 2024※10は、教育水準や就業形態によって時間配分に差があることを示している。ただし、以下の記述は同調査の示す傾向に基づく解釈であり、厳密に「所得層別の読書時間」等を直接提示した分析ではないことに留意されたい。

学習── 情報源の選択と時間配分

ATUSのデータは、教育水準によって働き方や在宅勤務比率、余暇の使い方に差があることを示している※10。日本の資産1億円以上の層を対象とした民間調査では、情報源のトップは「新聞」と「雑誌」であり、SNSや口コミでの情報収集を避ける傾向が強いとの報告がある。

前コラム「注意力の経済学」で扱った通り、注意力は有限のリソースであり、情報の「シグナル」と「ノイズ」をどう選別するかは、判断の質に影響しうる。

運動── 健康維持への時間投資

前コラム「身体は資本だ」で論じた通り、健康への$1の投資は$6のリターンを生むとする研究がある。一部の調査では、所得や教育水準が高い層ほど運動に時間を割く傾向が報告されているが、これは余暇の多さや職業特性の影響もあり、単純な因果として解釈すべきではない。

睡眠── リモートワークがもたらした「時間の再配分」

2017年から2023年にかけてのATUSデータを用いた研究※11では、COVID以降のリモートワーク普及により、労働者全体の平均睡眠時間が約0.23時間伸びたことが示されている。リモートワークを利用できる層ほど通勤時間の削減余地が大きく、その時間を睡眠等に転換しやすい構造は指摘できるが、所得階層ごとの睡眠差を直接示した分析は限定的だ。前コラム「睡眠の経済学」で扱った「睡眠投資のROI」が、制度変化によって実装しやすくなりつつある。


第6章:結論── 資産形成は「収入だけ」の問題ではない

本稿で扱ったデータを、4つの処方箋として整理する。

処方 行動 根拠
①自動化を設計する 積立設定を先に固定し、判断の回数を減らす Vanguard 2025:自動加入プラン参加率94%
②デフォルトを疑う 拠出率3%を放置しない。10%以上に設定し直す Choi et al. 2024:純効果0.5-0.7%
③グリップを離さない 下落局面でログインしない。売らない設計を作る Nabeshima et al. 2025:双曲割引と損失許容度
④支出ではなく「逆の方程式」を回す 収入−積立=支出。残ったら貯金、を逆転させる NRI 2025:「いつの間にか富裕層」

VERDICT

「隣の億万長者」は、2025年もやはり隣にいた。

NRIのデータが示す「いつの間にか富裕層」は、起業家でも高額相続者でもない。安定した収入を持つ共働きの会社員が、長期の積立投資と規律ある支出管理を継続した結果だ。

資産上位層を分ける要因は、収入だけでも知識だけでもない。制度の活用、継続的な積立、支出管理、リスクへの向き合い方といった行動要因が、収入や市場環境などの構造要因と重なったときに、長期の資産差として現れやすい。

前コラム「人生は複利だ」で書いた通り、複利効果は初期には見えにくく、長期になるほど差が開きやすい。だからこそ、途中で仕組みを止めないことが重要になる。

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