不動産も、債券も、ファンド持分も──
あらゆる実物資産が「トークン」として流通する時代が、静かに始まっている。

Executive Summary

RWA(Real World Assets)のトークン化とは、現実世界の資産やそれに対する権利をブロックチェーン上でデジタル表現し、発行・保有・移転・決済を効率化する動きである。日本では、その一部がセキュリティトークン(ST)として制度化・流通している。BCGは2030年までに16.1兆ドル規模の潜在市場を予測し※1、McKinseyはより保守的に約2兆ドルと推計している※2。日本では金融商品取引法の改正により制度が整備され、2025年度の公募ST発行額は単年度約1,650億円、累積約3,333億円に到達した※3。さらに、改正資金決済法(2023年施行)によりステーブルコインが「電子決済手段」として制度化され、RWA市場の決済インフラが整いつつある。本コラムでは、この構造変化が個人投資家にとって何を意味するのかを分析する。


第1章:なぜ「実物資産」がデジタル化されるのか

不動産に投資したいとしよう。従来のルートは限られている。数千万円の自己資金でマンションを買うか、J-REITで間接的に保有するか──いずれにしても、「資産への距離」は遠い。

RWA(Real World Assets)のトークン化は、この距離を劇的に縮める。McKinsey※2やRipple/BCG※1は、株式・債券・ファンド持分・不動産などの権利や資産をブロックチェーン上で表現・移転・管理する枠組みとしてトークン化を論じている。対象は不動産や債券にとどまらず、ファンド、ローン、証券化商品など幅広い。日本では投資性の高いRWAはしばしばセキュリティトークン(ST)の形を取るが、RWAトークン化全体をSTだけに限定するのは狭い。トークン化は以下の3つの制約を同時に解消する可能性を持つ。

小口化
1万円から不動産に投資可能
決済効率化
同一基盤上ならほぼ即時も視野
コンプライアンス組込み
ルールがトークンに実装

BCG/ADDXの資料※1は、トークン化により最低投資額が「数百万ドル→数千ドル」へ下がり得ると述べている。これは「富裕層と機関投資家だけのもの」だったオルタナティブ投資への門戸を、一般の個人投資家に開くことを意味する。

日本では、三井物産デジタル・アセットマネジメントが運営するALTERNA(オルタナ)が、不動産の信託受益権をセキュリティトークンとして発行し、個人が1万円から特定のマンションや物流施設に直接投資できる仕組みを提供している。THE SOVEREIGNのALTERNAの格付けレポートで詳しく分析している。


第2章:数字で見るRWA市場── 2兆ドルか、16兆ドルか

RWA市場の将来予測は、「何を含めるか(スコープ)」で桁が変わる。一次ソースの数字を正確に整理する。

主要機関の市場規模推計(2030年)

McKinseyの2兆ドルとBCGの16兆ドルは「矛盾」ではなく、前提の違いである。McKinseyは「当面の実際の発行・採用規模」を推計し、BCGは「潜在的なトークン化可能市場全体」を見積もっている。投資判断においては、数字の大きさよりも「推計のスコープ」を先に確認することが重要だ。

2.1 BCG/ADDXが示す2030年トークン化対象資産クラスの構成

BCG/ADDXの図表※1から、2030年の16.1兆ドルの内訳を整理する。これは純粋な「実物資産の内訳」ではなく、トークン化の対象となりうる広い資産クラスの構成である点に留意が必要だ。

カテゴリ金額(兆ドル)割合
上場株式(Listed equity)4.829.8%
投資ファンド(Investment funds)2.616.1%
その他金融資産3.219.9%
その他トークン化可能資産3.018.6%
住宅不動産(Home equity)0.85.0%
債券(Bonds)0.42.5%
非上場株式・その他エクイティ1.38.1%
合計16.1100%

※BCG/ADDX資料(2022年公表)の図表値を基に整理。カテゴリは同資料の表記に準拠。

2.2 日本のST発行実績

BOOSTRY/野村ホールディングスの公表データ※3によれば、日本の公募セキュリティトークン市場は急拡大している。

1,650億円
FY2025 単年度 公募ST発行額
3,333億円
累積 公募ST発行額
~85%
不動産裏付けSTの比率

※BOOSTRY/野村ホールディングスの2025年度市場総括に基づく。


第3章:日本の制度設計── 金商法とセキュリティトークン

日本はデジタル資産に対する法整備を世界に先駆けて進めてきた。RWAに関わる制度は、大きく2つの法律で整理されている。

3.1 金融商品取引法(2019年改正・2020年施行)── セキュリティトークンの制度化

2019年に改正された金商法(2020年5月施行)※4により、電子情報処理組織を用いて移転できる一定の権利が「電子記録移転権利」として整理された。これにより、セキュリティトークンは暗号資産(仮想通貨)とは明確に区別され、金融商品としての投資家保護規制が適用される。

3.2 改正資金決済法(2023年6月施行)── ステーブルコインの法的地位

2023年6月に施行された改正資金決済法※5は、ステーブルコインを「電子決済手段」として法律上定義した画期的な法整備である※8。この法律のポイントは以下の通りだ。

改正資金決済法の要点

この「投資性のもの(ST)=金商法」「決済性のもの(SC)=資金決済法」という二重構造は、デジタル資産の性質に応じて規制を分ける合理的な設計であり、日本固有の強みとなっている。

3.3 主要プレイヤーの整理

プラットフォーム運営母体特徴
Progmat三菱UFJ信託銀行発(みずほ・三井住友・JPX等が出資)国内主要ST基盤の一つ。「Progmat Coin」によるSC決済統合を推進
ibet for FinBOOSTRY(野村・SBI等)コンソーシアム型ブロックチェーン。社債のST化に強み
ALTERNA三井物産デジタル・アセットマネジメント個人向け不動産ST特化。1万円から特定物件に直接投資可能

第4章:個人投資家にとっての意味── J-REITとの比較

日本の公募STの約85%は不動産裏付けである※3。つまり、個人投資家にとって最も身近な比較対象はJ-REITだ。両者の違いを整理する。

比較項目J-REIT(伝統的)不動産ST(ALTERNA等)
分散性多数の物件に分散投資特定の1〜数物件に直接投資
流動性取引所で即時売買可能(高い)私設取引システム等で成長中
投資単位10万〜50万円程度1万円〜(小口化が容易)
価格連動株式市場の影響を受けやすい不動産鑑定価格に基づく(株式市場との連動性が相対的に低い傾向)
透明性法定開示規則に基づくブロックチェーンによる記録
スキーム投資法人(多数物件のバスケット)信託受益権型等(物件ごと設計)

注目すべきは「価格連動」の違いだ。J-REITは東証に上場しているため、株式市場全体のセンチメントに引きずられる。一方、不動産STは鑑定価格ベースで評価されるため、日々の市場ノイズに晒されにくい。これは「静かな資産」を求める投資家にとってはメリットとなり得る。

4.1 リスクの正直な整理

メリットだけを語るのはフェアではない。McKinsey※2が指摘する通り、RWA市場はまだ「サインポストを通過中」であり、以下のリスクは投資判断の前に必ず検証すべきである。


第5章:ステーブルコイン── RWA市場の決済インフラ

ステーブルコインは、法定通貨(ドルや円)の価値に連動するデジタルトークンだ。一見するとRWAとは無関係に見えるが、実はRWA市場のスケールを左右する「決済インフラ」として密接に結びついている。

McKinsey※2は、トークン化の普及条件として「CBDC、ステーブルコイン、トークン化預金といった"トークン化現金"の広範な利用可能性が、即時決済のためのイネーブラーになり得る」と明言している。同一基盤上で売買と決済が連動すれば、従来のT+2~T+3(取引後2〜3営業日)の決済ラグを大幅に短縮し、実質的な即時決済に近い運用が可能になる。

5.1 グローバルのステーブルコイン市場

CoinGeckoのレポート※6およびBISワーキングペーパー※7に基づくと、ステーブルコイン市場はUSDT(Tether)とUSDC(Circle)の寡占構造だ。

時点Top合計USDTUSDCUSDT/USDCシェア
2024年Q4末$2,016億$1,376億$439億90%
2025年Q3末$2,876億$1,747億$734億86%

※CoinGecko四半期レポート(2024年次/2025年Q3)に基づく。BIS(2025年1月)はUSDT+USDCで市場の約90%と指摘。

5.2 日本のステーブルコイン── JPYC・Progmat Coin

改正資金決済法により、日本円ステーブルコインの制度的な基盤が整った。現在、主に2つのプロジェクトが進行している。

ステーブルコインが日本のRWA市場の「決済レール」として機能し始めれば、セキュリティトークンの売買がよりスムーズかつ低コストになる可能性がある。これは個人投資家にとっても、取引体験の向上として恩恵をもたらす。


第6章:結論── 資産の境界線が書き換わる時代に

結論

RWAのトークン化は、「暗号資産の延長」ではない。金融インフラそのものの進化である。不動産・債券・ファンド持分といった現実資産やその権利がトークン化され、一部はデジタル証券として流通し、ステーブルコインがその決済レールを担う──この構造は、個人投資家が投資できる「資産の境界線」を根本から書き換えようとしている。

日本は金商法と資金決済法の二重構造で制度を整備し、Progmat・ibet for Fin・ALTERNAといったプラットフォームが実際のサービスとして稼働している。FY2025の公募ST発行額は累積3,333億円に達し、もはや「将来の話」ではない。

ただし、流動性・規制変更・技術運用のリスクは現実に存在する。市場規模の予測値に踊らされず、個別商品の権利構造・換金手段・規制上の位置づけを一次資料で検証すること──これがRWA時代の「金融リテラシー」の第一歩だ。

THE SOVEREIGNは、このデジタル証券を「信用資本(Credit Capital)」の新しい器として位置づけている。金融リテラシーコラムで述べた「知らないことのコスト」は、この新しいインフラにおいても、そのまま当てはまる。

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